オープンカレッジ

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OOJCオープンカレッジ 受講者の声 & 講座の様子

OOJCオープンカレッジ受講者のご感想&講座の写真をご紹介します。
(ご感想は、大人講座・小学生講座共に随時受け付けております。生涯学習センターまでどうぞお気軽にお寄せください。お待ちしております。)

                                 

感想−17 「生涯学習との出会い」
平成15年3月退職して直、「音更町高齢者大学(すずらんカレッジ)」に入学しました。
 目的は、生活のテンポを少しでも現役時代に近づけるためでした。
 さて、私が「OOJCオープンカレッジ」と出会ったのは、平成18年2月のこと。
 受講の動機は、おり良く「受講用パンフレット」を手にしたこと・高齢者大学の先輩から勧められていたこと、加えて、この十勝に生まれ住んでいながらあまりにも「十勝のこと」を知らな過ぎる自分に気付いたからです。
 そんなことで、本格的に「道民カレッジ」に入学して、連携講座(平成19年2月から)を受講することになりました。
 そして、その最初に受講した連携講座が「OOJCオープンカレッジ」の、テーマ「十勝の実り」(4日間)であったのです。
 本年度で一番印象に残った講座は「“母”というトポス」シリーズの第2回目「母と子の姿〜岡本かの子と太郎の〈物語〉〜」でした。
 田中先生の熱弁を聴くうちに、「太郎」が「岡本太郎」であることを知り愕然としました。私の知識の中には「岡本かの子」は残念ながらインプットされていなかったのです。
 文学者・芸術家等には、凡人にはない「意外性・奇人性・無恥性」等を強く持ち合わせ、世間を気にすることなく天衣無縫な行動をする。
 私が思うに、「悩ましくもあり羨ましい限り」であります。その意外性等は凡人である我々にも十分に潜在していることであると思いました。
 これからも、色々な講座(講義)を聴講して知識を深めると共に何かに役立たせていきたいと考えています。 田中豊實

                                 

感想-16 「中城ふみ子の世界〜人と文学」
OOJCオープンカレッジのプログラムを聞いた時から受講したい講座だった。地元帯広出身の歌人という事、『乳房喪失』という歌集は知っていたが読んでいなかったという反省もあったから。いくら時代が違うとはいえ(大正・昭和・平成)病気に対する不安は本人は勿論の事、家庭から友人迄、大変なダメージを受けるもの。当時は不治の病『癌』。現在では近代医学の驚異的な進歩も育ち、早期に発見出来れば生存率が向上している。中城ふみ子・・・31歳の若さで・・・亡くなるとは・・・子供達の将来等を考えると胸がはちきれそうになったに違いない。結婚後は道内から四国そして帰帯を繰り返す生活、定住する処もなく不安定な家庭環境も最悪で離婚という事になったのは悔やまれる。
 病床での自然描写での手紙や随筆短歌等には読者の胸を打つものばかりで生への執着を歌った作品は私自身暫し時間が止まった思いがした。
 今回の受講を機会に「第一歌碑」冬の皺寄せゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか、「第二歌碑」母と軸に子の駆けめぐる原の書、木の芽は近き林より勾ふの場所を尋ねてみたい。 金田英男

感想-15 「音楽の世界 JAZZの楽しみ」
 思いがけない・・・至福のひととき、何というシャレタ講座なのだろう!!スゴイインパクト講座がスタートすると同時に50年前に「タイムスリップ」。一気に青春時代・・・学生だった昭和の良き時代?帯広の幕ジャズ喫茶、一杯のコーヒーで何曲も聞ける楽しさ、強烈な印象アームストロング(聖者の行進)、デュークエリントン・チャリーパーカー・デイズイカレスピー(独自の変型トランペット)・ソニーロリンズ・マイルスデービス・アートブレーキ・オーネットコールマン・ジュンユルトレーン・トシユマリアーノ(秋吉敏子)等々、中には何人かの演奏会にも行きました。講座で聴いた曲、沢山の中から選曲(苦労がわかります)。どの曲を聴いても素晴しく、自然と体がリズムをとっているのに驚きの一瞬が暫く続き・・・ジャズの世界の時間へ・・・よく選曲したものです・・・。ふとサミージュニター・フランクシナトラ・ディーンマーチンを思い出し!至福のひとときを楽しむ事が出来大満足でした。感謝しております。ありがとうございました。次回も是非企画して下さい。 金田英男

感想-14 「とかちをプレゼンテーション」を受講して
 オープンカレッジのパンフを見た時から興味が有った。反面、これは難しい!という気持にもなった。確かにパソコンを持っているのだが、何とか勉強しようと新しく購入したばかり。たまたまタイミング良く講座を申し込んだのだが、入門講座ではなく、即応用編。中々自らの考えているようには進められず、「七転八倒」。でも津久井教授のやさしさにも助けられなんとか一歩ずつ前進できたのには感謝この上ありません。自宅での予習・復習少しずつだが頭の動きが・・・と考えると、とっても嬉しくなった。この講座を通じて、更に一歩ずつ着実に進みたいと考えている。ありがとうございました。 金田英男

感想-13 「食の分解」を受講して
 衣・食・住、どれをとっても必要なものばかり。その中でも「食」は生活する上で欠かす事の出来ないもの。時代のテンポの早さと共に食の文化も著しい変化の昨今である。
 自由化という時代と共に、農作物、農産物が豊富になり輸入量が右肩上りなのだが、反面、日本農業の自給率は急降下、農業経営を圧迫、日本農業「危うし」の感が強い。特に「食」は安心安全が必須条件だ。特に中国の商品は環境問題やそれ以前の問題だと大きく報道され、ショックが未だ尾をひいている。良いタイミングで「食の分解」なる講座。普段経験できないだけに、今回の講座を受けられたのも何かの「縁」。実験による知識は何と心強いものです。「No.1 醤油中の食塩の定量」→ 減塩醤油が必要、「No.2 飲用水の検査」→ 塩素・市町村の分析、「No.3 牛乳のカルシウム含量」 → カルシウムを上手にとる為に1日600ml牛乳を飲む事が必要。いわゆる骨にいい生活等々・・・。とっても良いタイミングで勉強出来ました。ありがとうございました。 金田英男

                                      

感想-12 「揺れ動く図書館像」を受講して
 初日の授業がスタートした。すぐ昔は受験勉強だけの図書館だった。しかもそこには金網でかこわれた書棚(見せてやる?)、何か暗くて陰湿な雰囲気だったのを私も思い出したのだが冒頭から「図書館法」なる聞きなれない言葉に戸惑う。戦前の理念と戦後の理想像、そして近代的に生まれ変わった各地の立派な図書館。充実した集大成の建物に歴史や文化を感じる。特に貸出率トップクラスに北海道の訓子府町、置戸町の図書館がランクされていたとは驚きで有った。そして特筆すべきは岩手県川崎村立図書館で有る。町民が入りやすくするのに本の他に紙芝居・木製のおもちゃコーナーとは・・・考えるものですねー。親と子供への積極的な対応。時代のスピード感を私は感じました。事例を具体化し実現させた近代の図書館。これも発想の転換が大きく影響している。「図書館が街を豊かにしている」。心打たれるとても貴重な時間を過ごす事が出来、みのりの多い講座でした。ありがとうございました。 金田英男

感想-11 「中国語入門」
 楽しい授業です。受講生が皆「笑顔」に満ちています。「中国語」そのものの授業も楽しいのですが、其穎先生が時々話す、生活習慣の違いや、日本語と中国語で同じ漢字を使っていても意味が全く違う話など、エピソードを交えて教えてくれましたが、その話術も素晴らしい。今年で4年目というこの講座の受講生もいますが、それも納得できます。明朗で活動的な其穎先生の授業は、5回では何となく物足りない感じでちょっと残念ですね。
O.H

感想-10 「中国語入門”に参加して」
 四声(ピンイン)のしつこい学習のおかげで今までの自学自習より発音強制できてよかった。
又、わたしは発音以外の強烈な質問をしたため、先生にとっては精神的にダメージを受けたのかもしれないが、わたしとしては非常に助かりました。みなさんも同じ気持ちだったらしく勉強と直接関係のないどのQ&Aも私には大事な情報につながりました。皆さんがかなり真剣だったので感動しました。
2008は夏季OLYMPIC GAME が北京でおこなわれるので、北京語ブームが加熱するかと思われます。
私は米国系外資IT企業につとめていましたが、第三言語を習得したかったのでぜひつぎのステップ(中級?)を企画していただけると助かります。
勝手な文章になってしまいましたがこのへんで終わります。この機会をあたえていただいた皆様に感謝いたします。 三十尾達雄

感想-9 「中国語入門:『教わる楽しさ』」
 飽きのこない授業、それに教える方も教わる方もお互いに気持ちがひとつにならないと難しいと思う。日頃報道関係で考えさせられるのが、『何を』伝えたいのか?という事なのです。中国語入門・語学の楽しみ!タイトル通りに楽しんで『学べたら』という希望が有りました。中国語での出席チェックで肩の力がスーッと抜けていくのを感じました。『教わる楽しさ』といった方が適切だと思います。話題も豊富で具体的な比較はとても受け入れやすく、目線が同じという配慮に心が動かされました。この講座は次回も続けて欲しいものです。とても良い講座でした。感謝します。(中国の旅行を、さそわれそうな感じにさせられました。) 金田英男

                                 

感想-8 「母なる女性の自己一致と自己不一致」
 私は昭和17年生まれ、この歳になるまで、文学なんて、という気持が心のどこかにあって文学というものに興味を持つことがなかった。それがチョットしたキッカケから、帯広大谷短期大学のオープンカレッジや帯広市民大学講座に顔を出すようになり、その中で帯広大谷短期大学の先生から日本文学、外国文学に関するレベルの高い講義を多々受講した。今までにない新しい世界に触れたような感じがした。
 受講しているうちに、文学なるものの奥深さを感じるようになった。それとともに、文学に対する考え方が自分の心の中で大きく変わっていくことに気が付いた。それは、私の専門分野の一つでもある心理カウンセリングの目的とするところの「行動の変容」に似ている。
 私は今、芥川龍之介の作品の一つである「手巾(はんけち)」の中に見られる人間の心の「自己不一致」と、心理学者ユングのいう、意味のある偶然の一致、すなわちシンクロニシティに心がいっている。つまり、文学とカウンセリング心理学との結合に興味を持つようになった。人間は難解なことであっても、好きなことに取り組んでいるとき、ワクワク、イキイキするものだ。文学に興味を向けてくれた帯広大谷短期大学の先生方には深く感謝している。
 それはさておき、平成19年度の帯広大谷短期大学オープンカレッジの特集連続講座は「“母”というトポス」。私は9講座のうち、3講座を受講した。その中で、田中厚一先生の「母と子の姿〜岡本かの子と太郎の〈物語〉〜」に注目した。
 岡本かの子は明治22年生まれ、この古き時代にあって、私などから見ると奇異ともいえる自由奔放な生活をしていた。夫公認の不倫、夫婦の住居にその不倫相手も同居、夫婦には太郎という子どももいる。まったく、この家族はどうなっているの、という感じを受ける。
 そのとき、私の頭の中に、芥川龍之介の「手巾(はんけち)」の場面が浮かんできた。かの子との間の時代背景には大きな差はない。場面では、東京帝国法科大学教授・長谷川謹造先生のところへ在学中に亡くなった教え子の母親・西山篤子が、生前お世話になったお礼のあいさつにきている。母親の顔には笑いがあり、子どもが亡くなった悲しさはまったく見られない。感情を顔に表さないのが美徳とされた、この時代の母親の姿である。ところが、テーブルの下では、手巾をもった手がふるえ、それを両手で裂かないばかりにかたく握っていた。母親は、顔でこそ笑っていたが、全身で泣いていたのである。まさに「顔で笑って、心で泣いて」の状態である。ここには、顔と心の間にギャップがある。このギャップこそが自己不一致。そして、顔と心が一致している、つまり、ギャップがない状態が自己一致である。
 カウンセリングでのクライエント中心療法で知られるロジャーズの理論からすると、心の健全な人間とは、自己一致している人間ということになる。
 話は、岡本かの子に戻るが、西山篤子を自己不一致の代表選手とするならば、大人になってからのかの子の方は自己一致の代表選手でないかと思われてくる。ただ、ここでは、かの子について「大人」という言葉を用いたが、フロイトの精神分析理論では、「いわゆる大人とは、現実原則を考慮しつつ快楽原則を満たしている人のこと」である。快楽原則は「したいからする」、現実原則は「したくないけどがまんしてしている」というもの。かの子の場合は、圧倒的に快楽原則に片寄っていて、大人の姿をした幼児のようなイメージも浮かび上がってくる。
 かの子は幼少の頃は体が弱く無口な子であったというのが、どのような心理的な変遷をたどって、奇異かつ大胆な行動をする大人のかの子になっていったのか、また、このように他に類のあまり見られない母親をもっても、息子・太郎がぐれて非行に走ることもなく、「芸術は爆発だ」で知られる有名芸術家の道を歩んだのは何故か、田中先生が「稀有(けう)」な親子といっておられるように、特異なケースだと思うが、何か興味を感じるところである。
 講座での講義内容を自分の持つ別の分野での知識と混ぜ合わせると、いろいろな考えや何故ということが出てくる。このまま、パソコンのキーを打ち続けると、果てしなく続きそうである。この辺で、パソコンをオフとしたい。
 帯広大谷短期大学オープンカレッジの講座では、自分の専門外の分野について、いろいろと学ばせていただいた。今後も学び続けたいと思っている。
 学んだ知識は、机にしまっておかずに、人生に、そして、自分のライフワークとしての仕事に大いに活用していきたいと考えている。
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 7月5日昼、昨日書き上げた、この原稿をインターネットで依頼先の田中先生あて送信しようとして机の前に立った。その時、机の上にあった7月5日付けの日本経済新聞に目がいき、何とはなしに手にとった。開いたページには、偶然なのか、本稿の主人公の1人でもある岡本太郎の名前があった。そこには、「滅失絵画十選」というコーナーに岡本太郎の初期滞欧作「痛ましき腕」の絵がかかげられていて、美術家中ザワヒデキの解説がされていた。
 私は、この偶然に少し驚いた。何故かというと、本稿の中でも触れているが、ユングのシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)を感じたからである。私は、ライフワークの1つとして「偶然学」を研究している。今回遭遇したこの偶然にはどのような意味があるのか、研究材料の1つにしたいと考えている。
 なお、本稿は7月5日13時2分、インターネットで田中先生あてに送信した。 佐藤文彦

感想-7 「“母”というトポス 母と子の姿〜岡本かの子と太郎の<物語>〜」
 私は、岡本かの子は余り好きではありません。もし、岡本かの子があの日本を代表する世界的大芸術家・岡本太郎の母でなければ、現在もこれ程皆が話題にするかは疑問です。ただ、そんな母を決して酷評しない、「大母性」とまで表現している太郎に母への思いを感じました。そして、田中先生の話を聞いて、太郎が語る「母」は、太郎の理想像の中の「母」ではなかったかと思いました。また、田中先生より頂いたテキストの中の太郎の回想録や、エッセイを読み、太郎の文章がとても簡潔でわかりやすく、読みやすい文章であることにも驚きました。作品の好き嫌いにかかわらず、人間・岡本太郎そして岡本かの子を知る上では非常に勉強になり、格調高い授業でした。 O.H

感想-6 「“母”というトポス 亡き母の生き方に学ぶ」
 昭和44年生まれの私にとっても山崎先生のお母さんの話は、生きた昭和史を見た思いがして、話の中の出来事の全てが新鮮で面白かった。丁度、「がばいばあちゃん」が話題となったが、ここにもがばいばあちゃんは存在した気分がした。生活学というか人間学を聞いたような気がして、深い感銘を受けた。 O.H

感想-5 「母というトポス」
 九人の教員の「母のトポス」について受講しました。
 身近な、そして自分の今・・・を合わせてお話を聞きました。
 母子、母性、女性として生きる事に共感させられた事が、母であり、妻であり、女でもある自分も色々な生き方があっても良いのではと思えました。
 女が母となった時、生き方として、母とは『我が子への無償の愛』ばかりではない、女としての生き方もあると言う事を思うと、肩の荷が少し軽くなったような気がしました。 紺野秀子

                                 

感想-4 「“母”というトポス 母なるものならびに母について」
 男は一般的に、マザーコンプレックスが多いという。
 私もマザコンであるらしい。
 今回はまず、俺の母親は誰にも負けない最高の母親である、その思いをもって書き始めたいと思う。
 母の原型は、生み出すものであり、慈しむものであり、包み込むものでと言う。
 又無意識にもう一つの母には、子供を独占しようとする心、変じて束縛しようとするし、自分の子供を飲み込んでしまうところがあるという。
 この話を聞いてふと思う事は、子供の頃のおとぎ話にもあった、「舌きり雀」の話も、子供の虐待に思えるのだ。
留守番をさせられた子供、なかなか帰宅しない母親、ついついひもじくなり何かないかと、探したらそこには糊があり少し口にしたが、我慢できずにまた少しと言うような、状態が続き、ついには食べ尽くしてしまった。
そこへ母親が帰宅してきて、母さんは障子紙を求めに町へ行ってきたのに、糊がなくては障子は貼れない、意味がないではないかお前は悪い子だ、見せしめにその舌を切ってやると、怒り狂い舌を切り落とした。
そうは思えないだろうか、先のニュースでも1週間も家を空け、子供に食事を与えなかった親が、冷蔵庫の中のマヨネーズを食べたと言うことで、強く叱りせっかんし、死なせてしまった、こんな事件があったが、子供は自分のものでありいかようにも出来ると、考えている親が多いのではないか。
今は、自己中心的な親が多く母親としての認識が不足しているのではないかとさえ思う。
    〈 中 略 〉
 今の[日本の母]は改めて、再教育の必要が有る、いや父親もである。
 ここでは、母親についてのみとしておこう。
 若い母親は口をそろえて、子育ては大変だと言う。
 しかし、子供の生き方に対しては口うるさく指示する事が多い。
 子供の自立を促す母親は依然として多いが、内には母親の独占的な思いが多くあるからでなないか。 
    〈 後 略 〉 坂本繁光

感想-3 「私と短大〜教員の語る短大の今昔〜 総合文化学科に至るまで」
 受講生が少なかったことが、かえって田中先生や大平先生を独り占めできました。単なる大谷短大の総合文化学科誕生の歴史のみならず、十勝や本道の文学界の歩みを同時に知ることができ、得した気分にさせられる講義でした。 O.H

感想-2 「学ぶ楽しみ」
 オープンカレッジの存在を知ったのは昨年、「難しい講義では?」と不安と緊張の一年目でした。そして2年目の今、「今日はどんなお話が聴けるのでしょう?」と楽しむゆとりが出てきたところです。
【特集連続講座】では、希有な形の母子愛・ケアの思想と母性との繋がり・介護も育児と同様に愛から生まれる行為・・・等々、 様々な視点から”母”を捉えており面白く拝聴しました。また、図書館をよく利用する立場から【揺れ動く図書館像】は大変興味深い内容でした。
 この後続く講座も毎回楽しみに通いたいと思います。 野島恵子

感想-1 「充実している講座」
 縁あってOOJCオープンカレッジの初年度となり、いつも大変興味深く楽しみながら学んでいます。プログラムを見ると、盛り沢山の内容の講座に驚嘆の連続となりました。講座の中・・・私と短大〜教員の語る短大の今昔〜、母というトポス・・・範囲が広く現代のニーズにぴったりです。介護を含め、どの講座も現代的で欠かす事が出来ません。特に、岡本かの子と太郎の<物語>・・・ここで勉強できるとは考えていなかったので大変満足しております。中国語入門・・・メリハリの強い充実した内容は語学の楽しみ・・・(ぴったりです)初めて体験する講座・・・短大との信頼関係が日増しに強まるのを感じております。(学ぶ時間を大切にしたいと考えています。) 金田英男

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